スタジアムと、父の思い出。

 さる4月5日。味の素スタジアムで、FC東京VS町田ゼルビアを観戦した。応援するFC東京は惜しくも敗れたものの、ユニフォームを買って、メインスタンドの良い席で応援して、と、個人的には充実した一日だった。

 この味の素スタジアムには、中学3年生のとき、選手として立った思い出がある。2013年5月、第14回東京都障害者スポーツ大会でのこと。陸上競技(身体・精神部門)に出場し、このスタジアムのグラウンドを走って、金メダルを獲った。都大会、というと立派なものだが、その実、生徒全員が出場する、体育の授業の一環だった。2013年の4月に桐が丘に転校して、はじめてのイベント。都大会と聞いて、選ばれた生徒が出場するのだと思っていたら、みんな出るのだと聞かされて、驚いた。ともかく少人数な特別支援学校に転校したが故の、カルチャーショックだった。

 こうして出場した最初の「スポ大」(みんなこのように略していた)は、同年に行われる全国大会の開催地が東京だったため、そのプレ大会として行われた。そのため、例年は駒沢のオリンピック公園で行っているのが、変更になった。だから、味の素スタジアムで走ったのは、最初で最後。普通校で劣等感を抱きながら過ごしてきた自分が、環境を変え、獲得した金メダル。おそらくこれも、生涯最初で最後になるだろう。

 さて、サッカーに話を戻す。サッカーと私のかかわりには、父の影響が大きい。Jリーグを毎週見るほどではないが、代表戦は必ず応援するので、実家では、家庭の娯楽の一つになっている。静岡県出身の父は、土地柄ゆえか、サッカーに愛着を持っている。母と交際していた時分、<ドーハの悲劇>を観ていなかった母に「非国民」と言ったらしい。ひどいけれども、Jリーグの開幕やワールドカップ初出場を経験した、20世紀末。サッカーファンが熱狂した、時代の空気というものだろうか。

 ちなみに、家で代表戦を観るとき、父はきまってNHKを選ぶ。テレビ朝日の、松木安太郎解説がキライ。「解説じゃなく、酔っ払い」と苦言を呈する。「Jリーグ初代優勝監督なんだから、ホントはちゃんとできるけど、テレビ向けにやってるだけでは」というと、「金で良い選手を集めただけ、だれが監督でも勝てる」と辛口。(このような父に育てられたので、ヴェルディを応援する選択肢ははなから無い。)

 ほぼ愛知な、静岡の西端に生まれたのに、非実業団のクラブだからと、わざわざジュビロではなく、より遠方のエスパルスを応援して、富士山は静岡だと領有権を主張する、わが父。サッカーは、父の郷土愛を感じられる、貴重な機会だ。

 そんな私の郷土は、東京都板橋区。我が家のように、地方出身者とその2世が多くを占める東京都区部では、地元への愛着を持ちにくいかもしれないが、埼玉のとなりであるおかげで「東京」へのこだわりを持てたような気がする。父もそうだが、県境のほうが、かえって愛着が増幅されるのだろうか。